人間は、歳をとるにつれ、身体機能も認知機能も低下していくもの。高齢化が進むなか、人生の最後の10年はどうしても医療や介護が必要になるというのが現状です。健康上の問題がなく、普通に日常生活を送ることのできる期間のことを「健康寿命」と言いますが、今の日本では健康寿命と平均寿命の差は約10年間あるとされています。さまざまな努力にも関わらず、このギャップはあまり縮まっていません。
その状況を受け止め「加齢や病気に伴い心身の機能が低下しても、最後の瞬間まで安心・納得して生き切れるコミュニティをつくる」と考え、24時間対応の在宅総合診療を手がけているのが佐々木淳先生です。在宅医療の現状を通し、今どのようなことに気をつけたらいいのか、これからの在宅医療に必要なことについてお話をお聞きします。
心身の機能が低下するのは、不幸だと思いますか?
人は誰でも歳をとり、そのなかで病気になることもあれば、障害を抱えることもあるでしょう。身体や認知の機能が低下していくのは、人間が長く生きていく限り起こりうることです。佐々木先生は、まず、そのことに対して不幸なのかどうか?と疑問を投げかけます。
「もちろん、死ぬギリギリまで元気なのはいいことです。でも、身体が弱ってしまったら人生終わりだと思うと、最後の10年、人生の価値が大きく失われてしまいます。僕は、機能が落ちてもハッピーでいられるようにすればいいと思うんです。そのためには、自分自身の『失われない価値』というものを見つけられればいい。誰しもその人の個性、その人だから感じられること、できることがあるはずです。それさえ失われなければ、多少どこかが弱ったとしても大丈夫だと思うんです」
私たちはどうしても「身体を弱らせないように」「機能が落ちないように」と考えがちです。しかし、歳をとれば仕方のないこともある。身体が弱っていったとしても、それを受け入れながら、別のところに価値を置いたほうが、人生の最後の10年を楽しく生きられるのかもしれません。
「たとえば『車椅子でしか出かけられない●●さん』ではなく、車椅子でも『絵がとても上手な●●さん』、『本を読むのが好きな●●さん』、『敏腕経営者の●●さん』となれたらいいですよね。何かしら損なわれない強みがあれば、歳を取っても、身体が弱っても、拠り所にできますし、社会でも居場所ができます」
実際、佐々木先生が診療をしてきたなかで、自分の価値を上手に見つけながら生活している人たちがたくさんいると話します。
「ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんで人工呼吸器をつけている女性の方がいます。彼女の話では、身体は動けなくなったけれど、そのぶん脳の中に無限のスペースができて、とにかく自由自在に動いている、と。いろんな概念が次々浮かんでくるから言葉にしたいし、動けないから退屈するとかは全くなく、頭の中の広い宇宙で毎日忙しく考えていると、彼女は話していました。
また、98歳の認知症のおばあちゃんがいるのですが、その方は今でも工業用ブラシを作る仕事をしています。特殊なブラシで年間300本ほどの需要なのですが、彼女しか作れないものなので、一年かけてコツコツ作っているんです。それを年に一度納品してきちんと報酬を受け取っている。力は弱っていますけど、手が仕事を覚えているからできるんですね。彼女は介護サービスを使ってなくて、家族や友人が状況を理解してサポートしています」
動けないことが不幸とは考えずに、できることを見つける。できることがあれば、心の支えになって、人生を楽しむことにつながるのです。そして、その気持ちを家族や友人などの周りの人たちが支えることも大切なこと。佐々木先生は、楽しむ気持ちを支えること、その環境を作ることが在宅医療の根幹であり、自立支援に繋がると考えています。
『自分の人生を生きている』と思える状況を作るのが自立支援です
在宅で医療を受けるということは、自立を目指すということにもつながっていきます。自立という言葉にはさまざまな意味がありますが、佐々木先生は「自分の人生を生きていると思えること」だと話します。
「立てなくても自分の人生を生きている人はいっぱいいますから。自分の人生を生きていると思うためには、その人の価値が社会から認知されることも大切ですし、社会での役割を持つためにも、コミュニティは必要です。人とのつながりがとても重要だと考えています」
たとえば、先述の「絵が上手な●●さん」なら、まわりから「いい絵だね」と言われるだけでもとても励みになるはずです。さらに、その絵を必要としてくれる人が現れれば、やりがいにもつながるでしょう。自分の強みをさらに強くしてくれるのが、人とのつながりなのです。
「老後に備えて貯金をしておくことも大切かもしれませんが、在宅医療の立場から言えば、人との縁を貯蓄することもとても重要です。自分の強みを生かしてくれる人、さらには、こう生きたい、こうありたいという意思を理解してくれる存在って、とても大きい。そんな人とのつながりは、お金より大事かもしれないと思います」
身体や認知の機能が落ちたとしても、自分を受け入れてくれるコミュニティがあれば、そこに自然と居場所と役割がうまれることもあるでしょう。それはきっとそのひとの強み=存在価値を発揮することになり、生きがいにつながるはずです。
「『あなたがいてくれてよかった』って思ってくれる人がいるだけで、人生は豊かになると、僕は思っています」
自分の価値、強みを見つけ、それを理解してくれる存在が大切なのです。次回は、自立を支援する側の立場でのお話です。
小学館の運営するサライ.jp内に、おいしい健康との特集ページ『いのちを守る食と暮らし』があります。コロナ禍を経験した私たちが、人生100年時代をどう健康に楽しく生きていくのかを考えていきます。
こちらにも、他の医師のインタビュー記事が掲載されていますので、ぜひご覧ください。
https://serai.jp/save-life
写真/近藤沙菜