2.「食事が養生になること」を伝えるために

管理栄養士

2021.10.13 更新

「栄養指導室」と書かれたドア。中に入ると、壁には食品の栄養成分表が貼られ、棚には茶碗に入ったご飯や器に入ったサラダ、切り身の鮭など、さまざまな食品のサンプルが置かれています。ここが、時田美恵子さんの仕事場。管理栄養士・糖尿病療養指導士として東埼玉総合病院で働いています。時田さんは、どのような経緯で管理栄養士を目指したのでしょうか。また、日々、どんなことを大切にして患者さんに接しているのでしょうか。お話をお聞きしました。

一緒に料理をしながら、食事の大切さや料理の楽しさを伝えることもあります

管理栄養士の資格を持った時田さんは、ご主人の転勤や子育てで休職することもありながら、埼玉協同病院での勤務や、埼玉県栄養士会での地域活動栄養士として活動をしてきました。

「埼玉協同病院は、食事にとても力を入れている病院でした。一般的に病院の厨房は1階にあることが多いのですが、7階にあって厨房の窓から富士山が見えるという環境だったんです。気持ちよく料理を考えて作れるようにということで。院内全体に『食事が養生になる』という考え方が浸透していました」

医師や看護師と同じように、管理栄養士も大切な存在なのだと改めて感じることができたと振り返ります。食事の内容を考えるだけでなく、食材の発注から調理、配膳など現場の仕事も担っていました。

「新人の頃は、ひたすら食材を切って測って、調理師さんと一緒に作って。指に傷を作りながら必死でした。食材が足りない時もあって怒られたりもしましたが、とてもやりがいのある現場だったんです」

糖尿病や腎臓病、透析患者のための特別食はもちろん、おやつまで考えて作っていました。また、栄養指導のために料理教室をすることもあったと振り返ります。

「『調理実習室』という場所があって、患者さんと一緒に料理をするんです。腎臓病の患者さんを集めた時もあったし、離乳食教室をやったこともありました。実際に一緒に料理すると皆さん安心するんだなと実感したと同時に、栄養について直接伝えることの大切さも学んだんです」

『食事が身体を作る』と、たくさんの人に実感してもらいたい

なかでも、印象に残っている患者さんがいたとお話をしてくれました。

「妊娠糖尿病で入院してきた20歳の女性のことは、今でも覚えています。生育環境に問題があって、食べるものにも食べること自体にも関心がないようでした。例えば、お菓子で『サラダ味』と表記されているものがありますよね? 『サラダ』とあるのだから野菜がたくさん入っていて身体に良いものだと思い込んでいたんです。くわしく聞いてみると、料理をしたことはなく、普段の食事はコンビニかファミレスばかりでした。実物のほうれん草を見たこともないと言っていたんです」

おなかには大切な命が宿っている。彼女自身と、生まれてくる子どものことを考え、時田さんは栄養指導として基本的な料理を教えることから始めていきます。

「お米のとぎ方から一緒にやってね。一人で食事することが多かったみたいで、それを心配した担当医がみんなで一緒に食べようと提案してくれたこともありました。彼女は野菜を食べる習慣がなかったんですけど、パスタが好きだというのを聞いて野菜たっぷりのパスタを作ったら口にしてくれて。担当医だけじゃなく、研修医や助産師さんも一緒にみんなでいろいろ考えていけたのがとても印象に残っています」

食事は楽しいこと。自分の体のために、子どものために、料理をして食べる喜びを知ってほしい。そんな願いを込めて栄養指導をしていたと言います。

また、自身の子育てで忙しい時期には、医療生協さいたまの地域の診療所で栄養指導をしていたこともあります。「こども保健大学」と題して、ジュースに含まれる砂糖の量について実験をしたり、糖尿病患者会の料理教室を開催したり。また、訪問看護師やヘルパーさんに向けに腎臓病食のコツを伝える活動や、企業に出向いて特定保健指導、保健センターで離乳食教室を開催と、幅広い仕事をしていました。

「病気の人に限らず、一般の方に食事や栄養に興味を持ってもらうためにはどうしたらいいか、いつも考えていました。食事が身体を作っているんだということを伝えたかったんです。高校生対象の授業などではイラストを描いたり、教材を取り寄せたりして、試行錯誤していきました」

予防のためはもちろん、治療するうえでも、身体が資本。少しでもいい状態にするために、どんな食材を選び、どう料理して、いつ食べるのか、考えなければなりません。幅広い知識や知恵があるなかから、どんな情報を選んでどう伝えるかが大切になってきます。時田さんは相手の状況をふまえながら、興味を持ってもらえるようにといつも考えてきたのです。

次回は、現在の東埼玉総合病院での仕事や、やりがいについてお聞きします。

取材・文/おいしい健康編集部
写真/近藤沙菜