6. 医師にしかできないことを見極めたい

糖尿病の食事療法

2021.09.10 更新


日々の暮らしの習慣が積み重なって起こる生活習慣病。なかでも2型糖尿病は、患者数が328万人を超え(※1)、過去最多を記録しています。さらに、糖尿病を発症する可能性を持つ予備群は1000万人(※2)いると言われ、私たちにとってとても身近な病気です。

矢作直也医師は、糖尿病専門医として日々治療と研究に向き合い、食事療法の大切さを伝え続けてきました。「おいしい健康」のサイトでも、「糖尿病(2型)の食事のきほん」の監修や「筑波大学附属病院×おいしい健康 1週間あんしん献立」の基準作成などを手がけ、正しい知識や食事の仕方について教えていただいています。

そんな矢作先生が、なぜ医師を目指し、なぜ糖尿病の専門医になったのか。経緯だけでなく、今考えていることや取り組んでいることについてのお話をお聞きしました。

※1厚生労働省「患者調査」2017年 ※2厚生労働省「国民健康・栄養調査」2016年

医師としてできることをずっと考え続けています

第5回までのお話では、糖尿病の患者さんや予備群の方々と向き合う日々のなか、矢作先生が診察や治療だけにとどまらず、広い分野で活動をしていることがよくわかりました。それには理由があると矢作先生は話します。

「ここ数年ずっと考えていることなんですが、医師にしか伝えられないことを見極めたいという気持ちが強くなっているんです。『医師の仕事とは?』という大きな命題ですね。というのも、インターネットのおかげで、それまで医師だけが知り得た情報がたくさんの人も入手できるようになってきていますよね。時には、患者さんが新しいことを教えてくれることもあるんです。ブラジルでこんな測定器があってネットで買えましたよ、と。そういう状況のなかで、医師にできること、医師にしかできないことは何かをすごく考えるようになったんです」

その気持ちは、医師を目指した当初に感じていたことにも近いと矢作先生は振り返ります。人間はみんないつか死ぬものとわかっていても、それでも何をすべきなのか、と。

「最近の自分なりの答えは『気持ちを正しい方向に導くこと』です。客観的に検証できないことを、医師の視座からきちんと伝えるようにしたいと思っているんです。たとえば、一般的に客観的な事実として、糖尿病の人の場合、コロナでの重症化率がどれくらいになるかは、データを見れば医師じゃなくても伝えられますよね。医師の役目は、それだけじゃない。それをふまえたうえで、患者さん一人一人の状況に合わせて伝えなくてはならないんです。悲観的になっている人には『そこまで考えなくても大丈夫』と言ってあげたいし、逆に自分の状態を自覚していない人には『このままじゃダメですよ』と導いてあげることが必要です。データの分析も大切なことですが、それをどう伝えたらどんな影響が出るかはデータにはありません。主観の入る部分は客観的に検証できないことですよね。でも、それができるのが医師なんじゃないかと思っています」

それが医学なのかはわかりませんが、と笑いますが、患者さんの立場に立ってくれる医師だからこそできることです。

誰しも病気になったり、病気かもしれないと思ったりしていれば、不安になるものです。逆に自分の身体を過信してしまうこともあるでしょう。そういう時に、専門的な知識を持つ医師が導いてくれれば、どれほど心強いかしれません。

家族みんなで味わえる、おいしくて健康的な食事を

特に、生活そのものを見直したり、食事療法が必要な糖尿病患者さんや予備群の方にとっては、気持ちに寄り添った医師の存在はとても大きいものです。それほど身構えずに、糖尿病と向き合い、食事療法を取り入れてほしいと先生は続けます。

「『おいしくて健康的な糖尿病食』は、糖尿病の方だけに当てはまるものじゃない。特別なことじゃないので、家族みんなで食べられます。別メニューを作る必要もないんです」

糖尿病食は決して特別なものではありません。おいしくて、健康的な食事だと考えるとぐっとハードルが下がるはず。患者さんの立場に立って考えてくれる矢作先生がそう言ってくれると安心する人はたくさんいることでしょう。

「最近は郵送検診や遠隔でのオンライン診療なども増えてきています。デバイスの進歩やデジタル化ももちろん必要で大切なことですが、機械にはできないこと、医師だからできて伝えられることを大切にしていきたいと思っています」

これからも、「筑波大学附属病院×おいしい健康 1週間あんしん献立」や「検体測定室(ゆびさきセルフ測定室)連携協議会」など、矢作先生の活動は続いていきます。たくさんの人が健やかに生活できるため、糖尿病の食事療法は難しくないと知ってもらうために。私たちも、セルフケアにつとめ、日々の食事を大切にするよう、心がけていきましょう。

取材・文/おいしい健康編集部
写真/近藤沙菜