2.口腔内の細菌が原因となるさまざまな疾病

口腔内の細菌の影響

2021.02.22 更新

健やかな生活を送るうえで、日々の食事はとても大切なもの。ただ栄養や水分を補給するというわけではなく、食べる楽しみを味わったり、食べる時間そのものを楽しんだりと、日々の生活を豊かにしてくれるものです。毎日、無理せず楽しく食べたい。その気持ちを支えてくれるのが「健康な歯」という存在です。

ただ、口の中には悪いものも良いものも含めて、さまざまな細菌が存在します。丈夫な歯を保つため、毎日の食事をずっと楽しむために、どのようなケアをしていけばいいのでしょうか?

長年、口腔感染症の研究をされている鶴見大学歯学部探索歯学講座教授の花田信弘先生に、口腔細菌がからだにどのような影響を与えるのか、さらに、大切な口腔ケアのコツについてお話を聞きました。第2回では、口腔内の悪玉菌がどのような影響を与えるのかというお話です。

悪玉菌は、虫歯や歯周病から全身へと広がることがあります

歯に生じるトラブルとして身近なのが「虫歯」や「歯周病」です。これらは、第1回でお話ししたように悪玉菌が原因となって起こるもの。原因となる悪玉菌は「虫歯菌」「歯周病菌」と呼ばれますが、じつは何種類も存在します。これらの悪玉菌が増殖すると、脳梗塞や心筋梗塞、糖尿病、がんなどの発症リスクが高くなると花田先生は言います。

「30年ほど前から『口腔』と『全身の健康』の関係についての研究を行ってきました。そこでわかってきたのは、虫歯によってできた穴や傷、また、歯周病によって腫れた歯茎から悪玉菌が入り込み、血液中へ流れ込んで全身に運ばれてしまうということ。歯の残痕から、顎の骨にある血管へ菌が入るケースもあります。食事で噛むたびに、悪玉菌が血管に入り込んでいくのですが、顎の骨には神経がないため、自覚症状はありません」

たとえば、歯周病菌からは毒性の強い「エンドトキシン(LPS)」という物質が放出されます。このLPSが血液中に入ることで発症につながるのが、心筋梗塞や脳梗塞です。

「LPSが血管に入って定着してしまうと、血管の内側で炎症を起こします。結果、腫瘍の一種が作られて、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こすことがあるのです。このように、悪玉菌や毒性の物質が血液中に入り込むと、循環器や呼吸器、消化器へと広がっていってしまいます。そうすると、ほぼ全ての臓器に慢性炎症が起るのです。くも膜下出血や足の動脈硬化、リウマチの疾患などでは、それぞれの部位から口腔細菌が検出された例があります」

そのほかにも歯周病菌が誘因する疾病は、肺炎やウイルス感染もあります。口の中の悪玉菌が肺へ入り込んでしまうことによるもので、インフルエンザウイルスによる肺炎や誤嚥性肺炎の重症化の一因とも言われています。

肺炎やアルツハイマー型認知症が起こることも

また、高齢者においては、歯周病菌がアルツハイマー型認知症を引き起こすというリスクも報告されています。

「そもそも、人間にとって脳はとても重要ですから、他の臓器よりも細菌が入りにくくなっています。その防御のひとつが、ブラッド・ブレイン・バリア(BBB)というもの。しかし、歯周病菌のなかでも危険度が高いと言われている『ポルフィロモナス・ジンジバリス』という菌は、そのバリアを突破して脳内へと入り込んでしまいます。細菌からの毒素が脳の海馬に影響して記憶力に支障をきたし、アルツハイマー型認知症を引き起こしていると言われているのです。実際に、アルツハイマー型認知症だった方の脳から、歯周病菌の内毒素が検出されたというデータもあります」

口の中にある悪玉菌が原因で起こる疾患は、じつに多岐に渡ることがわかります。

菌血症を知っていますか?

口の中の悪玉菌が血液によって運ばれ、からだに影響を与えるほか、血液そのものにもリスクが伴うと花田先生は続けます。

「日本人の8割が歯周病に罹患していますから、多くの方は、気づかないうちに体内で『菌血症』が起きているということになります。血液には、さまざまな殺菌因子や免疫機構があるもの。細菌が入り込んでしまうことで、防御機能が低下してしまう場合もあります。感染力の強い細菌の場合は、菌血症自体が重症化して全身性の炎症反応(敗血症)を起こすこともあるのです」

「菌血症」とは、無菌であるはずの血液中から悪玉菌を含む細菌が検出される状態で、つまりは「血液中に細菌が存在する」ということ。ただ、普段過ごしている中で少量の細菌が入った場合は、免疫の働きによって血液中から排出されるので、感染症につながることはほとんどありません。

自分も菌血症かもしれないと心配な方もいるかもしれません。しかし、正しい口腔ケアをしていれば、菌血症に限らず、虫歯や歯周病はもちろん、生活習慣病などの疾病予防につながると花田先生は言います。

「正しい方法で、きちんと毎日続けていれば口腔内の悪玉菌の増殖は防ぐことができます。さまざまな疾病の予防としてはもちろん、歯そのものの健康を保つうえでもとても大切なことです」

歯が健康で丈夫なら、食事をするのも楽しくなるものです。きちんと正しいケアをして、悪玉菌を少しでも増殖させないようにしましょう。

次回は、自宅でできる正しい口腔ケアについてのお話です。

小学館の運営するサライ.jp内に、おいしい健康との特集ページ『いのちを守る食と暮らし』があります。コロナ禍を経験した私たちが、人生100年時代をどう健康に楽しく生きていくのかを考えていきます。
こちらにも、花田先生をはじめとする医師のインタビュー記事が掲載されていますので、ぜひご覧ください。

https://serai.jp/save-life
取材・文/おいしい健康編集部
写真/小山志麻