1.出産した後が「始まり」です

産婦人科・婦人科

2021.09.16 更新

月経不順、生理痛、妊娠、不妊、更年期、尿もれ……。女性のからだの悩みは、年齢や環境によって変わるものです。ところが、いざ症状に直面したときにどの科で診てもらえばいいのかわからない……。

そんな不安に応えようと東京の下町・木場で女性のための総合的な医院「東峯婦人クリニック」を開いたのが松峯寿美先生です。

不妊で悩んだ自身の経験をいかした不妊治療を始め、出産や産後ケアなど、女性にとって大事なライフイベントを支える、懐の深いホームドクター。トラブルがあった時には「心配しないで大丈夫!」という気風のいい言葉が、患者さんの心を落ち着かせる良薬にもなっています。

キャリア50年以上のベテラン医師が見てきた出産、産後のこと、今だからこそ伝えたいことを伺いました。

女性の気持ちが分かる医者になりたかったんです

松峯先生は終戦の翌年に東京の浅草橋で生まれました。繊維問屋を営んでいたお父さんからは物心がついたころより医師になることを勧められていたと言います。

「地球上の半分は女性なんだから、女性のために何かできることをしたほうがいい。医者がいいんじゃないかと父によく言われていました。当時にしては珍しい親ですよね。自分にそれだけの実力があるか分からないなか、やるしかないと思って青春のすべてを勉学に注ぎ込みました」

東京女子医科大学に進学し、卒業後は同大学の病院に勤務します。産婦人科を選んだのは、大学卒業と同時に結婚した消化器外科医のご主人のアドバイスがきっかけでした。

「『女性として共感できる科を選んだらどう?』って。産婦人科か小児科がいいだろうと思って、結果的には産婦人科を選びました。というのも、結婚した直後は『5人は産むぞ!』と気合が入っていましたから(笑)、自分の経験が役に立てられればという気持ちがあったんです」

自分が不妊で悩んだからこそ、専門外来の必要性を感じました

しかしその思いに反し、すぐに妊娠にはいたらなかった松峯先生。

「正直、驚きました。私、妊娠できないんだって。産婦人科医としてもプレッシャーだったし『今日が排卵日だからね』と言われる夫もプレシャーを感じていたでしょう。なかなか授からないので不妊治療を始め、29歳でようやく妊娠することがでたんです」

だからこそ、不妊で悩む人の気持ちはよく分かる、と先生は言います。

「まわりが妊娠していく姿を見て落ち込んだり、『そろそろ子供は?』と聞かれたり、かといって逆に何にも聞かれないのも嫌だったりと、どんな状況でもモヤモヤしてしまうんですよね。卵管の検査などは痛いことも多く、辛くて落ち込んでしまう気持ちは手にとるように理解できます」

そんな自身の経験から、不妊治療を専門的に診る場の必要性を感じた松峯先生は、東京女子医科大学病院に不妊治療外来を設立したのです。

出産までは本能。育児には「学習」が必要です

苦労の末に妊娠し、無事出産をした松峯先生ですが、待ち受けていたのは、思いもかけない試練でした。

「出産の時は、陣痛促進剤を打ってから12時間後にようやく赤ちゃんが出てきました。しかし、喜ぶ余裕もなく疲れ果てて眠っちゃったんです。夜中の3時くらいになって胸に岩がのっているみたいに重いなと思ったら、胸がパンパンに張っている。赤ちゃんにおっぱいを飲ませようとするんだけどうまく母乳が出てこなくて、飲めない赤ちゃんのほうは怒って泣くわけです。助産師さんからはドクターなんだから分かっているでしょと、あんまり構ってもらえなくて自力でやるしかなかった(笑)」

もちろん知識としては頭に入っていたけれど、こんなに痛いものだったとは……。搾乳の仕方もわからずに、途方に暮れることもあったそう。そんな経験から、自分は産後の現実をきちんとわかっていなかったと思い知ったと言います。

「妊娠、出産までは動物の本能でできてしまうものです。ところが、その先の育児は、人から教わらないとわかりませんよね。そりゃあ、通りいっぺんのことは教わりますが、出産後、たった4日くらい入院しただけではうまくいきません。昨日はしっかり授乳できたのに、今日はうまくお乳をくわえてくれないことだってあるし、家に帰って赤ちゃんを沐浴させようとした時に、どこまでをどうやって洗ったらいいのかわからなかったりもします。お乳をあげてもオムツを替えても泣き止まないなど、わからないことだらけなんです。でも、気軽に聞ける相手がいない。新米ママが学ぶべき『学習』が足りないんです。産後ケアは必要不可欠なことだと身をもって感じました」

出産後にやらなければいけないことは、想像以上にたくさんある。あることはわかっていても、誰かに教わらなければ前へ進めるものではありません。育児書に書いてあることは、一般的な例がほとんどで、今、自分が直面している状況が、一体どの様なものなのかは判断しにくいことばかりです。病院へ行ったほうがいいのか、このまま見守るだけでいいのか、誰かに助けを求めたいお母さんはたくさんいます。

松峯先生は、自身の経験から産婦人科医として、婦人科医として、どのような姿を目指すべきかを考え始めたのです。

次回は、自身のクリニックを開いてからの歩みについてお聞きします。

取材・文/梅崎なつこ
写真/近藤沙菜