「栄養指導室」と書かれたドア。中に入ると、壁には食品の栄養成分表が貼られ、棚には茶碗に入ったご飯や器に入ったサラダ、切り身の鮭など、さまざまな食品のサンプルが置かれています。ここが、時田美恵子さんの仕事場。管理栄養士・糖尿病療養指導士として東埼玉総合病院で働いています。時田さんは、どのような経緯で管理栄養士を目指したのでしょうか。また、日々、どんなことを大切にして患者さんに接しているのでしょうか。お話をお聞きしました。
第3回では、患者さんの食事の仕方や暮らしの様子を聞き、食事改善のポイントを見つけていくというお話を聞きました。では、実際に、どのように食事指導をしているのでしょうか?
『できそう』と思えることを一緒に探していきます
糖尿病の食事指導は厳しい制限があると思われがちですが、時田さんはまず、じっくり話をするなかで、患者さんが無理をせずにできることから始めるようにしていると言います。
「糖尿病は『生活習慣病』と言われていますよね。暮らしのなかでの習慣が体調不良につながっているわけですから、改善方法も習慣になるようにしたいと思っています。習慣にするためには、長く続けられることが大切。難しく感じたり、抵抗のあることは提案せずに『これくらいならできそう』ということを一緒に見つけるようにしています」
ごはんとおかず、どちらを食べることが好きか。肉と魚はどちらを口にすることが多いか。野菜はどう料理して取り入れているか。相手の嗜好や食事のスタイルを把握するようにしています。
「特に、食事の量もとても大切です。以前、ある女性に食事内容のサンプルを見せたところ『私、食器の大きさが全然違います』と。その方は普段使っているお皿が大きかったんです。食器が大きいということは、つまりは1食あたりの量が多いということですよね。その方には、まず、器のサイズから見直してもらうようにしました。ほかにも、果物ばかりを食べている方もいらっしゃいましたし、野菜ならたくさん食べてもいいと思っている方もいました。果物は禁止ではありませんが、適正な量をお伝えするようにしています。野菜もサラダとはいえ、ドレッシングをたくさんかければ、脂質も多くとることになってしまいますよね。どんなものでも、適切な量を食べることをきちんと説明するようにしています」
食べる量は、言葉や数字で説明してもなかなか想像がつきません。目で見て実感できるよう、時田さんの指導室には、サンプルがたくさん並んでいます。白米だけでも4種類。普段食べている量と、これから食べるべき量が比較できるようになっています。
少しでも食事を楽しく感じられるよう、おいしそうな料理を具体的に伝えています
また、どんな食材を摂ったらいいかという話については、具体的な料理を提案するようにしていると言います。「野菜やきのこ類を摂りましょう」と言われ、そこから具体的な料理まで想像するのはなかなか難しいものです。「バランスのいい献立を」と言われても同じで、どんなおかずが必要なのかをすぐに思い描ける人はそう多くはいないのです。
「たとえば、パスタが好きな方には、麺と一緒にアスパラやブロッコリー、きのこ類を茹でるといいよと。あとはトマトソースであえるだけ。手軽にできるうえに、きのこからのうま味も出ておいしいんです。他にも、キャベツとあさりをフライパンの中に入れて蒸すだけで一品できます。調味料を加えなくても十分おいしいんです」
どうしても肉を食べたい日は、脂質を抑えるために、副菜は野菜やきのこを茹でてポン酢しょうゆで食べることをすすめることも。炒めると油を使うことになり、サラダにすればドレッシングで油を摂ることになるからです。また、サンドイッチが好きな方にはマーガリンやマヨネーズをやめてマスタードにすることを提案したりも。
「食べてはいけない」というものではなく「こうするとおいしいですよ」と伝えることで、食べているものに対する意識は変わるはず。それまでの習慣をちょっとかえてみようと思えるものなのです。
食べちゃダメ、禁止、とは言わないように
一般的に糖尿病患者さんは血糖値が上がりやすく、下がりにくいため、間食をしないほうが血糖コントロールがしやすいものです。しかし、どうしてもおやつを食べたいと思ってしまう人には、『だめ』と言わないようにしているのだそう。もちろん、すすめるわけではなく、改善策を提案しているのです。
「食べないほうがいいということは、皆さんわかっているんです。それでもやっぱり甘いものを食べたいという気持ちがある。その気持ちをくんだうえで、『絶対ダメ』とは言わずに『こういうものを選びましょう』と提案しています。エネルギー量の少ないものを提案し、さらに口にする量を減らしながら、少しずつ食べない日を増やしていくという感じです」
アイスなら小さなサイズで個包装のものを。チーズケーキの代わりには、ギリシャヨーグルトを。大福1個ではなく、小さな団子を。甘いものを食べたいわけじゃなく、小腹が空いてしまうという人には、ところてんやカロリーゼロのゼリーを。時には、一緒に院内のコンビニへ行き、どんなものを選んだらいいか、栄養表示のどこを見たらいいかを教えることもあるのだそう。「食べてはダメ」と言わずに、量を減らし、やがてはおやつを食べなくても満足できる道筋を作ってあげるということなのです。
禁止されれば、食べること自体が楽しくなくなってしまいます。時田さんはあくまでも、食事の楽しさを伝えながら、患者さんの状況に合わせてできることを提案しているのです。できることが増えれば、少しずつ改善の道は広がっていくもの。改善されれば、数値もよくなり、いい循環が生まれるのです。
次回は、時田さんがこれから大切にしていきたいことについてのお話です。
写真/近藤沙菜