5.自信を持って、食べたいものを口にできるように

糖尿病の食事指導

2021.12.21 更新

「栄養指導室」と書かれたドア。中に入ると、壁には食品の栄養成分表が貼られ、棚には茶碗に入ったご飯や器に入ったサラダ、切り身の鮭など、さまざまな食品のサンプルが置かれています。ここが、時田美恵子さんの仕事場。管理栄養士・糖尿病療養指導士として東埼玉総合病院で働いています。時田さんは、どのような経緯で管理栄養士を目指したのでしょうか。また、日々、どんなことを大切にして患者さんに接しているのでしょうか。お話をお聞きしました。

第4回では具体的な栄養指導のポイントについて教えていただきました。最終回は、常田さんがこれから大切にしていきたいことや、取り組みたいことについてのお話です。

『食べたい』『やりたい』という気持ちを大切にしたいんです

時田さんはいつでも患者側に立ち、どんな気持ちか、どんな状況かを想像しながら、一緒に考えてくれています。その姿勢がどれだけの人を勇気づけているかしれません。

一人ひとりに向き合うことを大切にしている理由には、数年前の自身の経験が元になっていると話します。仕事の合間をぬって、毎週末山梨の実家に戻り、お母さんを在宅で介護していたのだそう。

「祖父と同じように自宅で過ごす時間を大事にしたいと考えてのことでした。平日は弟が担当で、週末は私が介護する態勢でした。課題は、高齢でうまく食事ができない母にどうやって栄養をとってもらうかということ。最後まで口から食事ができるようにしたくて、いろいろと工夫したんです」

栄養は点滴でも摂ることはできます。しかし、口から食事をしなくなると、身体のさまざまな機能が低下してしまいかねません。痰を吐き出しにくくなってしまうこともあれば、むくみが出て身体が辛くなることもある。時田さんはできる限り、口から栄養を摂れるようにと工夫をしていきました。好きなものを味わってもらいたいと、好物のチャーハンをミキサーにかけとろみ剤で飲み込みやすくしたり、お酒をゼリー化して楽しめるようにしたり。食べたいものを口にするようになったことで、お母さんはやりたいことが増え、北海道旅行にまで行ったと話します。

「支えてくれる在宅のドクターや看護師さん、ヘルパーさんたちがいてくださったからこそできたことでした。旅行先でも安心できるよう、知り合いの訪問看護の方々を紹介してくださったりして。在宅介護でもやりたいことや食べたいものはあきらめないようにしたかったんです」

食べたいと思う気持ちを尊重しながら、身体に合うものをどう見極めていけばいいか。それができるのが、管理栄養士という仕事なのです。

続けるために、時には自分にご褒美も

高校時代の自身の入院や、祖父や母親の介護を通じ、食事の大切さや続けることの大変さを実感したからこそ、時田さんはいつも患者さんの立場で考えるようにしているのでしょう。

身体のために大切なのは、いかに健康的な食生活を続けられるか、ということ。続けるためには無理をせず、できることから取り組めばいい。そして、少しずつ改善していけるようにサポートしたいと時田さんは考えています。

「食事療法の目標は、『食べたい料理を、自信を持って食べられるようになること』だと思っています。そもそも、糖尿病では合併症を起こさないことが大切で、そのために食事療法が必要なんです。続けられなければ意味がありません。だからこそ、厳しいだけではなく、時には自分にご褒美をあげてもいいよと伝えるようにしています。その人の状態に合わせてになりますが、減量しながらでも月に数回はおいしいケーキを食べるとか、3ヶ月に1回は外食してもよしとするとか。そんな風に楽しみながら続けてほしいと思っています」

時田さんは院内での指導のほか、県の管理栄養士の理事としても、食事療法の大切さを広めるために活動しています。毎日の食事が自分の身体を作ることを伝えるために。料理すること、食べることを楽しんでもらえるように。時田さんの思いは、たくさんの人へ確実に広がっています。

取材・文/おいしい健康編集部
写真/近藤沙菜