厚生労働省の「令和3年簡易生命表」によると、日本人の平均寿命は男性81.47歳、女性87.57歳となりました。ただし、健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)は、男性は約9年、女性は約12年、平均寿命より短くなっています。
高齢化が進む中、国民一人ひとりの生活の質を維持し、かつ社会保障制度を持続可能なものとするためには、健康寿命と平均寿命との差を縮小することが早急の課題です。
そこで、日々の診療に並行して、老化、高齢者の病気、生活習慣病をテーマに研究を続けている横手幸太郎先生に、これまでの研究を通してわかってきた健康寿命を延ばすために必要なことについて伺います。
第2回は、横手先生がどのような研究を通して、動脈硬化の解明にアプローチしたかというお話です。
細胞増殖因子発見の第一人者のもと、動脈硬化のメカニズムの研究に没頭しました
東京老人医療センターから千葉大学付属病院に戻ってから横手先生が始めたのは、動脈硬化の研究です。動脈硬化は加齢や生活習慣病によって進みますが、そのメカニズムについて詳しく研究するために選んだ場所は、スウェーデンルードウィック癌研究所でした。
「動脈硬化の研究をするのに、なぜ癌研究所に行ったのか不思議に思うかもしれませんね。ご存じのように動脈硬化は血管の老化になって血管が硬くなったり、血管にこぶができて血管がつまってしまう状態です。動脈硬化が起こると、脳血管疾患や心疾患などの怖い病気のリスクが高まり、健康寿命を脅かします。血管壁のこぶは、細胞が増殖することでできますが、実はこの血管壁の細胞の増殖は、がん細胞の増殖と共通のメカニズムがあります。それで癌研究所に行ったわけです」
がんと血管のこぶはともに細胞増殖因子が原因となって起こります。その代表的な細胞増殖因子を世界で最初に見つけたのが、スウェーデンルードウィック癌研究所の所長をしていたカール・ヘンリク・ヘルディン博士でした。
「細胞増殖因子とは、生体内において特定の細胞の増殖や分化を促進する内因性のタンパク質の総称です。目的とする標的細胞の表面のレセプター(受容体)※ に結合することにより、細胞間のシグナル伝達物質として働きます。細胞増殖因子という「鍵」が、レセプターである「鍵穴」にはまり込むと細胞の増殖が始まる、というイメージです」
※生物の体にあって、外界や体内からの何らかの刺激を受け取り、情報( 感覚 )として利用できるように変換する仕組みを持った構造のこと。
「当時はなぜレセプターに細胞増殖因子がはまると細胞が増えるのかその仕組みがわかっていませんでした。本来、細胞の増殖は体が成長するときには不可欠ですが、血管細胞やがんなどが増えては困ります。なぜその制御がうまくいかずに、人の体に不利益となる結果を招くようなことが起こってしまうのか、それを明らかにすると正常と病気の境目がわかってくるはずです。細胞増殖因子には複数種類ありますが、スウェーデンでは、動脈硬化に関与すると考えられていた「PDGF」(血小板内の顆粒に貯蔵されている液性因子)について研究しました」
研究してきたことを診療に生かしていきたい
現在は、アメリカなどで医師として診療をする人が増えていますが、当時は、ほぼ100%が研究だけのための留学でした。ですから、横手先生もスウェーデンで患者さんを診ることはありませんでした。
「帰国した時点で研究者としての道もありましたが、ぼくは患者さんを治すために医者になったので、診療をしながらこれまで学んだことを生かしていきたいと思いました。現時点ではまだ治すことができない病気を治したり、原因がまだわかっていない病気を究明したり、診療と研究を並行してやっていきたいと考えたんです」
第3回では、横手先生が20年かけて取り組んできた「早老症」について伺います。
取材・文/高橋裕子
編集/おいしい健康編集部