1.うつ病の治療に大切なのは、食事療法

うつ病と食事

2021.12.07 更新

やる気が出ない、何をしても疲れやすい、不安でじっとしていられない……。うつ病は、憂うつな気分が毎日続き、ものごとへの関心や興味、喜びを感じられなくなる病気です。一般的な治療としては、薬物療法(抗うつ薬などの処方)と精神療法(カウンセリングなどの心理学的アプローチ)を中心に行われてきました。しかし、近年、栄養療法(栄養学的アプローチ)の重要性が注目されるようになり、海外では診療の場で実践されつつあります。

うつ病を予防し、改善するには、どのような食事をとればよいのでしょうか。「うつ病と栄養」に詳しい、帝京大学医学部精神神経科学講座教授の功刀浩先生にお話をうかがいました。

軽快な語り口、「うつ病と栄養」に関する新たな知見、「大丈夫」というメッセージを届けてくれる診療スタイルに、人生を前向きに歩んでいく勇気がわいてきます。

生物学的研究を始めてから、うつ病と栄養の関係に気づきました

うつ病というと、心の病気という印象が強く、原因や治療には精神的な部分が大きいと思われています。日本では、うつ病と食べ物からの栄養についての研究は、まだ少ないのだそう。そんな状況のなか、功刀先生がうつ病と栄養の関係に着目したのは、何がきっかけだったのでしょうか?

「大学の医学部時代から精神医学に関心を持っていました。決して真面目な学生ではなかったけれど、精神医学の授業だけは熱心に受講していたんです。親族に精神科医が多く、私自身も人間の生き方に興味があることが影響していたかもしれません。その頃は精神分析が流行していて、フロイトやユング(※1)について語っていると、恰好いいような雰囲気もあったんですよね」と振り返ります。

きちんと目に見えるものに立脚したいという思いで生物学の分野に進んだ功刀先生は、ロンドン大学の精神医学研究所や国立精神・神経医療研究センター神経研究所で、実験などを通して脳と心の病気の研究を始めます。その時に着目したのが、うつ病と栄養の関係でした。きっかけは、農学や栄養学の専門家との学会などでの出会い。彼らは、食べ物からの栄養が脳に与える影響に関心を寄せていたのだそう。

「精神医学では一般に、うつ病は脳の病気だから薬を飲んで治すと考えます。しかし、そもそも脳は、食べたものの栄養素でできているのだから、食べ物が大事なのではないかということに気づいたわけです」

うつ病は、脳や心の病気だから食事は関係ないという考えは、思い込みなのかもしれません。そもそも、人間の体は食べたものからできていて、脳も同じことなのです。

行動・気分に指令を与える脳の神経伝達物質は、栄養素から合成されます

そもそも、うつ病の薬物療法では、脳の神経伝達物質の分泌を促します。これは、食べ物でも同じ効果を得ることができるのだそう。

「現在、日本で使われている抗うつ薬は、不安を和らげるセロトニンの作用を強めるSSRIや、セロトニンと集中力を高めるノルアドレナリンの両方の作用を強めるSNRIやNaSSAが主流です。さらに最近は、やる気を促すドーパミンを標的にした抗精神病薬も開発されています。今話したセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンといった行動や気分に指令を与える神経伝達物質は、必須アミノ酸を原料として、葉酸やビタミン、ミネラルを補因子として合成されます。つまり、薬で作用を強めるといっても、そもそも、食事からの栄養不足があっては神経伝達物質が不十分になってしまうのです」

原料となる必須アミノ酸は、肉や魚、大豆製品に多く含まれる栄養素です。葉酸は葉物野菜や大豆製品、レバーに多く含まれます。また、ビタミンのうち、ナイアシン(ビタミンB群の一種)は鶏肉やレバー、魚に。ビタミンB6は鶏肉やレバー、刺身、納豆に多く含まれます。ミネラルのひとつである鉄は、レバーや赤身肉、魚から効率的にとることができます。

このように、普段の食事の栄養バランスに気をつけていないと食べ物から神経伝達物質を十分に合成することができずに、薬の助けを借りることになると考えられるのです。「医食同源」とは、まさにこのことといえるでしょう。

「もちろん、うつ病は最悪の場合、自殺に至ることもある深刻な病気なので、最初に薬で症状を抑えることはとても大事です。とはいえ、長期的な視点で考えると、一時的に薬で症状を抑えても、必要な栄養素をしっかり摂っていなければ、再発のリスクが高まってしまうことになります。そのためには、薬物療法だけでなく、食生活の改善も行う必要があるんです。同時に、心の健康維持に欠かせない運動や睡眠など、生活習慣全般を見直す必要があるでしょう。うつ病は『これまでのライフスタイルを見直しましょう』というサインでもあるのです」

心の働きも、脳の活動も、自分の身体がもとになること。健やかさを保つためには、食べ物や睡眠、運動と無関係なはずがないのです。

良好な精神状態を保つには、食生活を始めとする生活習慣を整えることが大事です

功刀先生はこれまでに、食生活を含めた生活習慣全般を見直した結果として、回復していく多くのうつ病患者さんを見てきたといいます。

「ある患者さんは、約10年もの間、薬物療法を続けながら、何度も長期休暇が必要になるほど、重いうつ症状が続いていました。薬を飲み続けていても、なかなか良くならないのは辛いことです。そこで、規則正しく食事を摂ること、栄養バランスのとれた食生活に気を配ること、さらに、毎日の運動を欠かさず行うことなどを提案しました。実践してみたところ、みるみる回復して復職できるようになったんです。このような例を多く見てきた経験から、生活習慣を整えた患者さんは、その後、うつ病を再発しにくいということを確信しています」

もちろん、うつ病は生活習慣だけを改善すれば、すぐに治るというような単純な病気ではありません。発症には、育った環境や性格、ストレスも関係していることが多いものです。「状況に応じて、カウンセリングなどの精神療法も必要です」と功刀先生は指摘します。

「ですから、うつ病の治療は、薬物療法、精神療法、そして食生活を含めた生活習慣全般の改善を総動員で行うのが望ましいというのが、私の考えです」

薬だけに頼るわけでもなく、カウンセリングだけを行うのでもなく、生活習慣の改善も含めて、多角的な面から治療を行うことが大切です。食事の栄養バランスを整えることは、そのなかの大事な要素の一つなのです。

次回は、功刀先生がうつ病患者さんにどのような栄養指導をしているのか、うつ病の予防や改善にはどんな栄養素をとったらいいのかをうかがいます。

小学館の運営するサライ.jp内に、おいしい健康との特集ページ『いのちを守る食と暮らし』があります。コロナ禍を経験した私たちが、人生100年時代をどう健康に楽しく生きていくのかを考えていきます。
こちらにも、功刀先生をはじめとする医師のインタビュー記事が掲載されていますので、ぜひご覧ください。

https://serai.jp/save-life
取材・文/綾城和美
編集・文/おいしい健康編集部