小学校6年生のときに1型糖尿病にかかり、それがきっかけで医師をめざしたという市原由美江先生。現在は糖尿病専門の医師として活躍しています。1型糖尿病がどういう病気なのか、また、ご自身の病気がわかったきっかけやなぜ医師をめざすことになったのか、お話を伺うページです。
「3.『パジャマを脱ぎなさい』という言葉が励みに」では、幼いころからどのように病気と向き合い、医師を目指すようになったのかという話を聞きました。今回は、糖尿病患者の妊娠と出産について、気をつけるべきことや心がまえなど、先生の経験をまじえて教えていただきます。
赤ちゃんへの栄養を気にしつつ、血糖値も考えましょう
「助けられるだけじゃなく、助ける立場になれる」という思いを胸に医師として働き始めた市原先生は、のちに結婚して妊娠、出産を経験しています。1型糖尿病患者として、妊娠中は血糖値の値にいつも以上に敏感になっていたと振り返ります。
「赤ちゃんに栄養が届くように、ある程度の糖分は必要です。でも、摂りすぎると自分自身の血糖値が高くなってしまう。バランスを取るのがとても難しかったです。しかも私は『食べづわり』という食べないと気持ちが悪くなる悪阻だったので、いろいろなものを食べていました。妊娠後期は食べる量も増えていたので、インスリンの必要量が増えていたんです」
市原先生は、自身の糖尿病の主治医と産科の医師の両方に相談しながら体調管理をしていきました。結果、食べなければ気持ち悪くなるならば、インスリンを多めに使い、きちんと栄養を取るという方法を選択します。
妊娠、出産は主治医に相談することが大切です
糖尿病の治療には、注射と経口薬との二つの方法がありますが、糖尿病の種類を問わず、妊娠中は赤ちゃんへの影響を考えて飲み薬は使えません。当時は、血糖値を下げるためにいつもの3倍量のインスリンを注射していたのだそう。
「インスリンを打つと副作用で太りやすくなります。産科の先生からは体重の増加に気をつけるよう注意されていました」
食べなければ気持ち悪くなる。かといって食べすぎるとインスリン量が増えて、体重増加になる。自身の体調や赤ちゃんの発育を考えながら、バランスを取ることは容易ではなかったことでしょう。
きちんと計画妊娠を考えるように
自身の経験を生かし、1型糖尿病患者で子供を産みたい人へのアドバイスをしているといいます。
「まず、妊娠前から血糖値のコントロールをしっかりできるようにしておくことが大切です。妊娠中は悪阻などで食べられるものが限られるうえに、体重が増えやすくもなります。血糖値にも影響が出ますから。
そして、何よりもまずは、妊娠したいことを主治医の先生に伝えておくことが大切。きちんと計画妊娠しましょうとお話ししています」
1型糖尿病の場合、妊娠するためには様々な条件をクリアしなければなりません。まずは、HbA1cの値が7未満であること。合併症としての単純網膜症が落ち着いている段階であること。腎症があるなら、尿タンパクの数値が低いこと。これら全てをクリアしてから、計画的に妊娠へと進みます。
「なぜかというと、赤ちゃんの器官形成期にお母さんの血糖値が高いと奇形のリスクが高まるからです。もちろん、流産のリスクも高いです。妊娠の初期に限らず、安定期に入っていても血糖値が高いというのは流産や早産のリスクは高いんです。また、巨大児の可能性も高くなると、出産時のリスクにもつながります」
母親の血糖値が高いということは、栄養をもらっているお腹の赤ちゃんも血糖値が高くなるということ。お腹の中で赤ちゃんは自身の血糖値をおかしいと感じ、すい臓からインスリンを出します。そうすると、お腹の中で成長しすぎてしまうのです。
「妊娠を考えている人は、主治医に相談して自分の身体を整えることが大切です。きちんと数値をクリアして管理できれば妊娠は可能です。実際に私もそうして妊娠しましたから」
リスクを知ったうえで準備を整えて
リスクを理解し、主治医と一緒に対処法を考えていれば、不安になりすぎる必要はありません。妊娠を諦める必要もないのです。
「無事に妊娠したら、もちろん、産科の先生にも自分の病気を伝えてください。出産はすぐに対応できる総合病院の方が安心ですが、そうではない場合も主治医の先生と連携して万全の体制を整えてもらうといいですね」
妊娠中は胎盤のホルモンの関係でインスリンの抵抗があり、血糖値も上がりやすくなっています。しかし、いざ出産となると生まれた瞬間に胎盤が剥がれるので、インスリンの必要量が減ります。ということは、血糖値が一気に下がってしまうのです。
「それを予測して管理してくれる病院での出産が安心です。また、赤ちゃんが生まれる瞬間の血糖値の管理も重要です。お母さんの血糖値が正常じゃないと、赤ちゃんが低血糖で生まれてしまいます。脳への後遺症などがないよう、すぐに血糖値を測って対処する必要があります」
さまざまなリスクを考えると、不安になるかもしれません。しかし、逆に、迅速に対応できる病院での出産なら安心です。
「リスクを知れば、備えることができます。準備ができれば安心ですよね。だから、どんな心配事も主治医や産科の先生に相談してください。一人で抱えず、家族にもきちんと話して理解してもらうことも大切です。味方がたくさんいれば安心ですから」
「5. 低血糖時は、自分なりの補食を安心材料に」に続きます。
写真/近藤沙菜