3.高齢者に必要な食事は、固定観念を壊すことから

在宅医療の食事

2021.01.14 更新

人間は、歳をとるにつれ、身体機能も認知機能も低下していくもの。高齢化が進むなか、人生の最後の10年はどうしても医療や介護が必要になるというのが現状です。というのも、健康上の問題がなく、普通に日常生活を送ることのできる期間のことを「健康寿命」と言いますが、今の日本ではこの健康寿命と平均寿命の差が広がってきているのです。

しかし、その状況を受け止め「加齢や病気に伴い心身の機能が低下しても、最後の瞬間まで安心・納得して生き切れるコミュニティをつくる」と考え、24時間対応の在宅総合診療を手がけているのが佐々木淳先生です。在宅医療の現状を通し、今どのようなことに気をつけたらいいのか、これからの在宅医療に必要なことについてお話をお聞きします。

3回目は、在宅生活においての食について、どのようなことに気をつけたらいいのかというお話です。

『ちょっとふっくら』を大切にしましょう

歳を重ね、少しずつ身体や認知の機能が低下は仕方のないこととはいえ、やはり予防はしておきたいもの。食生活で気をつけるべきことはなんでしょうか?

在宅医療に関わるなかで、佐々木先生が感じているのは、食生活に対する意識の改善だと話します。身体にいいと思っている食事が、高齢者にとって本当に必要なのかどうか、私たちは理解できているのでしょうか?

「おそらく、私たちが健康的な食生活だと思っているのは、人生70年時代のものです。70年、身体がもてばよかったころの食事。そのころのリスクというと、脳血管障害や心筋梗塞、動脈硬化性疾患です。動脈硬化性疾患に重点をおくと、カロリーの摂りすぎはやめましょう、塩分は良くないですといった感じでしたね」

しかし、時代は変化してきました。「人生100年時代」と言われ、寿命が延びている現状では、高齢者の食事についても見直しが必要なのです。

「在宅医療の患者さんの最後は、多くの方のイメージとして脳梗塞などを起こして寝たきりになって亡くなるというものがほとんどだと思います。でも、医療が発達している今、脳梗塞を起こしてもすぐには亡くなりません。麻痺が残ったりすることもありますが、生きていきます。では、そこから何が起きるかというと、少しずつ食事量が減り、体重が減り、弱くなっていき、ある時、転んで骨折して手術する。入院中に動かないので、さらに痩せて帰ってきます。栄養状態が悪化しているので、次は肺炎を起こすことが増えます。再び入院し、ごはんをあまり食べられずに、痩せて帰ってくる。さらに飲み込む機能が低下して、弱ってしまって、また肺炎。また入院、また痩せて帰ってくるという繰り返しです。少しずつ階段状に機能が落ちていき、最後に病院で亡くなることがほとんどです」

栄養状態が悪くなると、それが悪い循環を呼び起こし、少しずつ身体が弱くなっていってしまうのです。肺炎や骨折で入退院を繰り返すたびに、さらに栄養状態も悪くなっていってしまいます。これを防ぐためには、やはり食事に気をつけなければなりません。佐々木先生は、とにかく痩せないようにすることが大切だと言います。

「各種の研究からわかっていることですが、高齢者のBMIは22という数値では痩せすぎです。25を超えると一般的には肥満と判断されますが、高齢者にとっては25から29くらいだと要介護のリスクも低いですし、病気にもなりにくい。死亡のリスクも低いんです。なぜかというと、先に話したように死因の多くは肺炎だからです」

BMIとは、体重と身長から算出する肥満度を表す数値。計算の仕方は、体重(kg)÷〔身長(m)の二乗〕です。最近では体重計に入力すれば数値が出ることもありますし、数値を入れれば計算できるサイトもあり、なじみのあるものになってきました。では、一体いつごろからこのBMIの数値を意識すればいいのでしょうか?

「目安としてお伝えしているのは、『ちょっとだけよたよたしてきたら』です。歩く速度がちょっと遅くなってきたら、数値を確認して食事を意識してほしいです。65歳くらいからちょっとずつ食べる量を増やし、75歳でちょっと肉がついてきたね、85歳でふっくらしてるねって言われるような歳のとり方がいいと僕は考えています。実際、茨城県の研究で60〜70代の人たちでは体重を増やしている人の方が死亡のリスクが低いという結果が出ています」

ファーストフードでもいい。痩せないような食事を

とはいえ、歳をとるごとに食事の量が減ってきたり、食欲が落ちたりということもあるでしょう。どのような食事を取り入れたらいいのでしょうか?

「油たっぷりのハンバーグ、バターをたくさん塗ったパン、糖質も脂質も高いあんドーナツなど、高齢者じゃなければ避けるようなカロリーの高い食事でいいんです。ちょっとずつ体重を増やしていくことが大切ですから。たんぱく質を摂ることも意識しましょう。筋肉がついていた方が寝たきりにも認知症にもなりにくいんです。ファーストフードとかいいですよ。ハンバーガーだったらパティを倍にしてもいいくらいです。手軽だし、カロリーも高くて、たんぱく質も摂れます」

筋肉をつけるためには運動も必要だと考える人が多いでしょう。しかし、まずは食べることが先。たんぱく質を摂っておけば、少なくとも今の筋肉量はキープすることができるからです。

「たんぱく質を摂っていれば筋肉は落ちません。逆にたんぱく質を摂らずに運動をしてしまうと筋肉は落ちてきてしまう。もちろん、たんぱく質も摂って、運動もすれば、筋肉が増えるのでいいのですが、今の日本の高齢者の多くは、どちらもできずにどんどん痩せていってしまっています。運動ができないのであれば、せめて今ある筋肉をキープするようにしてください」

現在の高齢者のBMIの平均は17.8で、さらに16未満の人は28%もいるという状況です。心筋梗塞や脳梗塞などのリスクから、太ってはいけないという固定観念がずっと頭に残ってしまっているからなのでしょう。

「健康にいいとされている玄米などはよくありません。80歳のおばあちゃんが食べると、腹もちが良くてお昼を食べなくなって痩せてしまいますから。おいしい白米をたっぷり食べていただいていい。野菜から食べるというのもやめて、カロリーの高いもの、たんぱく質の多いものから。不摂生は高齢者の特権だと思ってください」

歳をとるごとに必要な栄養は変わってくるのです。きちんと食生活に対する意識もアップデートして備えていきましょう。

次回は、健康な在宅生活に必要な心の持ち方についてお聞きします。

小学館の運営するサライ.jp内に、おいしい健康との特集ページ『いのちを守る食と暮らし』があります。コロナ禍を経験した私たちが、人生100年時代をどう健康に楽しく生きていくのかを考えていきます。
こちらにも、他の医師のインタビュー記事が掲載されていますので、ぜひご覧ください。

https://serai.jp/save-life
取材・文/おいしい健康編集部
写真/近藤沙菜