やる気が出ない、何をしても疲れやすい、不安でじっとしていられない……。うつ病は、憂うつな気分が毎日続き、ものごとへの関心や興味、喜びを感じられなくなる病気です。一般的な治療としては、薬物療法(抗うつ薬などの処方)と精神療法(カウンセリングなどの心理学的アプローチ)を中心に行われてきました。しかし、近年、栄養療法(栄養学的アプローチ)の重要性が注目されるようになり、海外では診療の場で実践されつつあります。
うつ病を予防し、改善するには、どのような食事をとればよいのでしょうか。「うつ病と栄養」に詳しい、帝京大学医学部精神神経科学講座教授の功刀浩先生にお話をうかがいました。
軽快な語り口、「うつ病と栄養」に関する新たな知見、「大丈夫」というメッセージを届けてくれる診療スタイルに、人生を前向きに歩んでいく勇気がわいてきます。第4回は、うつ病患者さんを診療するにあたっての心構えと、うつ病患者さんに伝えたいメッセージを教えてもらいました。
セーフティーネットがあるので、安心してください
功刀先生は、うつ病の患者さんに対して、日々、どのような思いで診療にあたっていらっしゃるのでしょうか?
「いつも念頭にあるのは、すべての国民には健康で文化的な生活を送る権利があるということです。日本国憲法第25条第1項に『すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する』と明記もされていますよね。その保証がされていて、国の制度では生活保護があります。多くの会社においても、ある程度勤務すれば最長3年間の有給の長期休暇がとれる制度が整備されているんですね。このように、セーフティーネットがあるので、もし自分が仕事でうまくいかないようなことがあっても、絶望的になることはないということをお伝えしたいです。しばらく休んで回復すれば、いくらでもやり直しはできます。むしろ、人生の見直しや立て直しの期間としてとらえてください」
仕事を休むとまわりに迷惑をかけてしまうと思い悩み、さらにうつの症状が進んでしまうこともあります。セーフティネットを有効に使って早めに休みを取り、症状が軽いうちに回復に努めることが大切なのです。思い詰める人が多いなか、功刀先生は「大丈夫」というメッセージと届けたいと続けます。
「無理をすると心身ともに疲れてしまうので、適度な食事と睡眠をとり、運動もしながら、無理のない範囲で頑張りましょう。すごく疲れているときは、自宅で休めばいいのです。くり返しますが、基本的な生活を送る権利は憲法ですべての人に認められ、保証されているので、まずはそれを知って安心してほしいです」
真面目で責任感の強い人は、「自分が頑張って何とかしなければならない」と思い詰めてしまいがちですが、どんな場合も誰かが代わってくれたり、助けてくれたりして、なんとかなるもの。「迷惑をかけてはいけない…」と感じるかもしれませんが、人を頼ることは、決して悪いことではありません。「頼ってもらえて、うれしかった」という経験がある人も多いのではないでしょうか。
「だから、自分を責めすぎて落ち込まないようにしましょう。過度なストレスがかかっているときは、まずはそれを回避することを優先してくださいね」
日中しっかり活動して、夜ぐっすり寝る生活を
功刀先生は、「頑張らなければならない局面で、長時間労働をして乗り越えようとするのは避けたほうがいい」と指摘します。
「よく言われることですが、そもそも日本人は働きすぎなんです。基本とされる8時間労働でも長いのに、残業までする方もいます。私は5時間くらいが適正だと思っています。それを超えると、仕事のペースが下がって効率が悪くなるからです。長時間労働をすると、たくさん働いたような気になりますが、実は集中力が途切れて、生産性が悪くなっている可能性だってあります。本当に集中していたら、5時間でも長いかもしれない。本来は3時間くらいしか持たないでしょう」
とはいえ、労働時間をいきなり減らすことは難しいところ。まずは、残業をしないことから始めるのがいいのかもしれません。
「以前、住んでいたロンドンの研究所では、17時以降はほとんどの人は職場に残っていませんでした。みんな集中して、短時間で仕事を終えるからです。早々に退社した後は、リラックスできる自由な時間を楽しんでいます。それでも1人当たりGDPは日本を大きく上回っていて、豊かなんですよ」
夕方まで集中して働き、夜はしっかり休む。日本ではなかなか難しい面もありますが、「オンとオフの切り替えをはっきりした生活をすることが、うつ病を予防・改善するためには大切」と、功刀先生はいいます。
「そのためにまずしてほしいのは、朝、起きたらカーテンを開けて、窓際からでいいので朝日をしっかり浴びることです。神経伝達物質のセロトニンが活性化し、脳の体内時計がリセットされます。セロトニンは精神の安定にも大きく関係しています。また、朝食は必ずとってほしいです。体(末梢)の体内時計がリセットされて、体が活動モードに入ります。朝日を浴び、朝食を食べることで、自然と9時から14時〜15時くらいの間にパフォーマンスが最高になるような生活リズムがつくりやすくなってくるはずです。仕事の効率が上がれば、より短い時間で仕事を終えられるようになるでしょう」
朝日を浴びることは、夜の睡眠にも大きく関わってきます。朝日を浴びてセロトニンが分泌してから16時間後には、“眠りのスイッチ”と呼ばれる神経伝達物質「メラトニン」の分泌が始まるとされているからです。
「実はメラトニンは、セロトニンを原料としてつくられます。つまり、朝、日の光をしっかり浴びて、セロトニンの分泌を高めておくことが、夜の眠りにも欠かせないというわけです。うつ病の人は、夜、十分に眠れていないことが多いですが、夜、しっかり眠るためにも、朝日を浴びることをまずは心がけてみてください」
まずは、朝起きて朝日を浴びる。夜はぐっすり眠る。休める時には、仕事から離れてゆっくりした時間をすごす。そこから始めてみましょう。
次回は、功刀先生が現在取り組んでいる研究と、今後の医療技術の進歩にどのような展望を抱いていらっしゃるのかをうかがいます。
小学館の運営するサライ.jp内に、おいしい健康との特集ページ『いのちを守る食と暮らし』があります。コロナ禍を経験した私たちが、人生100年時代をどう健康に楽しく生きていくのかを考えていきます。
こちらにも、功刀先生をはじめとする医師のインタビュー記事が掲載されていますので、ぜひご覧ください。
https://serai.jp/save-life
編集・文/おいしい健康編集部
(トップ画像素材:PIXTA)