5.現在の研究と、治療技術のこれから

うつ病と食事

2022.03.08 更新

やる気が出ない、何をしても疲れやすい、不安でじっとしていられない……。うつ病は、憂うつな気分が毎日続き、ものごとへの関心や興味、喜びを感じられなくなる病気です。一般的な治療としては、薬物療法(抗うつ薬などの処方)と精神療法(カウンセリングなどの心理学的アプローチ)を中心に行われてきました。しかし、近年、栄養療法(栄養学的アプローチ)の重要性が注目されるようになり、海外では診療の場で実践されつつあります。

うつ病を予防し、改善するには、どのような食事をとればよいのでしょうか。「うつ病と栄養」に詳しい、帝京大学医学部精神神経科学講座教授の功刀浩先生にお話をうかがいました。

軽快な語り口、「うつ病と栄養」に関する新たな知見、「大丈夫」というメッセージを届けてくれる診療スタイルに、人生を前向きに歩んでいく勇気がわいてきます。第5回は、現在、情熱を傾けていらっしゃる研究と、今後の医療技術の進歩についての展望をお聞かせいただきました。

精神疾患の治療のために、脳と栄養素の研究に邁進しています

功刀先生は、精神疾患に関する新たな診断・治療法の開発を積極的に行ってきました。なかでも今特に力を入れているのが精神栄養学的研究です。

「腸内細菌を改善するプロバイオティクス(乳酸菌などの善玉菌)が、ストレス反応を軽減するかどうか、うつ病患者さんの治療に有効かどうかなどに注目しています。また、ココナッツオイルなどに多く含まれる中鎖脂肪酸によるケトン食の脳機能改善作用にも関心があります。さまざまな精神疾患患者さんの栄養学的問題や食事栄養指導の効果についても調べているところです」

どんな食材や栄養素がストレスに反応するのか、脳の作用に関連しているのかを調べているのだそう。より研究が進めば、うつ病の改善に役立つ情報はもっと増えるでしょう。

もうひとつ、先生が取り組んでいるのが、精神疾患の患者さんの脳脊髄液を用いた「脳内物質の異常」に関する研究です。

「心の病気は脳の病気ですから、脳を調べないと解明できないと思っています。そこで、脳の研究をする唯一のバイオリソース(研究試料)である脳脊髄液に含まれるたんぱく質や代謝物を調べて、うつ病や統合失調症の脳内物質の異常をつきとめる研究をしています。これまでに、うつ病患者さんの脳脊髄液ではドーパミンの代謝物が減っていること、炎症を引き起こす物質が増えていること、神経を保護したり神経細胞のつながりを促進したりするたんぱく質が減っていることがわかってきたんです」

脳で起きていることの原因が一定の栄養素の不足だということがわかれば、それを補えばいい。少しでも治療の選択肢が増えることは、患者さんの安心につながっていくでしょう。

人間の幸せの鍵「ドーパミン」をつくるために、
バランスのとれた食事をとりましょう

ストレスを感じることが多く、コロナ禍という状況にもなり、気持ちが落ち込むことも多いかもしれません。上手に乗り切るコツは「幸せをきちんと感じること」だと功刀先生は話します。

「『すごい!』『おもしろい!』と感じることを楽しむのが、人間の性(さが)だと思います。例えば、AI(人工知能)、5G(第5世代移動通信システム)、VR(ヴァーチャルリアリティ)、自動運転など、新しいテクノロジーを知るとワクワクしませんか? 特に現代は、このような技術革新という遊びが楽しくて仕方のない人が増えていると思います。人間は遊ぶ存在である(ホモ=ルーデンス)といった人がいますが、私自身も研究をしながら、新しい発見を楽しんでいます」

「技術革新」という言葉だけでは、あまり身近に感じられないかもしれません。しかし、新しいテクノロジーは、さまざまな形で私たちの身のまわりにあります。進化している調理家電しかり、スマホの音声や画像認識しかり。当たり前に使っているサービスにも導入されていることも多いものです。

また、ワクワクすることはテクノロジーに限ったことではありません。おいしいものを食べたり、いつもと違った場所に散歩に行ったり、どんな状況でも味わえるものです。

「『すごい!』『おもしろい!』と感じることが、幸せにつながります。それを感じさせるのが、神経伝達物質のドーパミン。では、そのドーパミンを十分につくり出すにはどうしたらいいかというと、バランスのとれた食生活を送ることが欠かせないのです。加工食品の多い欧米化した食事はなるべく避けて、野菜や魚などの自然の食材をしっかり食べるようにしてください。そうすれば、少しずつ心が健康になっていくのを感じられるでしょう」

うつ病治療の第一歩は食生活習慣の見直しから。生活リズムを整えて、バランスのいい食事を心がけていくようにしましょう。料理をする気になれないときは、まわりに頼って無理をしないように。専門医や管理栄養士、家族やサポートするセーフティネットなど、力になってくれる人たちはたくさんいます。焦らずに、できることから少しずつやっていきましょう。

小学館の運営するサライ.jp内に、おいしい健康との特集ページ『いのちを守る食と暮らし』があります。コロナ禍を経験した私たちが、人生100年時代をどう健康に楽しく生きていくのかを考えていきます。
こちらにも、功刀先生をはじめとする医師のインタビュー記事が掲載されていますので、ぜひご覧ください。

https://serai.jp/save-life
取材・文/綾城和美
編集・文/おいしい健康編集部
(トップ画像素材:PIXTA)