2.当事者にしかわからない気持ちを理解したい

糖尿病専門医

2021.07.29 更新

日々の暮らしの習慣が積み重なって起こる生活習慣病。なかでも2型糖尿病は、患者数が328万人を超え(※1)、過去最多を記録しています。さらに、糖尿病を発症する可能性を持つ予備群は1000万人(※2)いると言われ、私たちにとってとても身近な病気です。

矢作直也医師は、糖尿病専門医として日々治療と研究に向き合い、食事療法の大切さを伝え続けてきました。「おいしい健康」のサイトでも、「糖尿病(2型)の食事のきほん」の監修や「筑波大学附属病院×おいしい健康 1週間あんしん献立」の基準作成などを手がけ、正しい知識や食事の仕方について教えていただいています。

そんな矢作先生が、なぜ医師を目指し、なぜ糖尿病の専門医になったのか。経緯だけでなく、今考えていることや取り組んでいることについてのお話をお聞きしました。

※1厚生労働省「患者調査」2017年 ※2厚生労働省「国民健康・栄養調査」2016年

予想通りにいかないことが起こるんだと思い知りました

研修医時代の矢作先生には「自分が担当する患者さんは死なさずにできるのかもしれない」という気持ちがあったと振り返ります。

「願望でありつつも、本気で考えていました。手厚い医療をほどこせば人は死なないのではないか、と仮説のようなものを持っていたんです。ずっとこだわっていたくらいです」

しかし、研修が始まって一週間後に、担当していた患者さんが亡くなるという現実に直面します。

「予想と反して、急に亡くなった患者さんだったんです。頭ではわかっていたものの、あまりにも突然に命が終わってしまうことがすごく衝撃で、何が起こっているのかわからないくらいでした。自分が思っていた世界と違うんだと、目の当たりにしたからかもしれません。以来、患者さんを診ていると、予想通りにいかないことはいくらでも起こるものなのだと思い知りました」

明日退院できると思っていた患者さんが突然亡くなってしまったこともあれば、どんなに手を尽くしても良くならずに亡くなった人も。

「そんな風に何人もの人たちと接するなかで学んだのは、『死』というものは『不可逆性の絶対的な真理』であることです。『死んだ人は生き返らない』ということと『生きている人は必ずいつか死ぬ』ということでした」

それは、医師という立場になって、実際に患者さんと接しなければわからなかったことだったと言います。

当事者の立場で考えることを大切に

あらゆる治療を施せば死なないかもしれないと思っていた考えは、あくまでも頭で考え、予想していただけのこと。医師という当事者になれば全く違ったのです。

「当事者にならないと知り得ないことってたくさんあるんだ、と思い知ったんです。そしてそれは、患者さんにとっても同じことなんだと考えるようになりました。病気の人には、本人にしかわからない痛みや苦しみがある。当事者にしか実感できていないことがあるからこそ、医師として、どれだけ知ろうとすることができるかが大切だと考えるようになったんです」

患者さん本人にしかわからないことがあるからこそ、思い込みや憶測で考えてはいけない。前例に当てはめたりせず、目の前にいる患者さんの話をじっくり聞き、気持ちに寄り添うことが大切だと、矢作先生は考えているのです。

次回は、糖尿病において、食事療法がなぜ大切なのかというお話を伺います。

取材・文/おいしい健康編集部
写真/近藤沙菜