3.食事療法の大切さを伝えるために

糖尿病の食事療法

2021.08.06 更新


日々の暮らしの習慣が積み重なって起こる生活習慣病。なかでも2型糖尿病は、患者数が328万人を超え(※1)、過去最多を記録しています。さらに、糖尿病を発症する可能性を持つ予備群は1000万人(※2)いると言われ、私たちにとってとても身近な病気です。

矢作直也医師は、糖尿病専門医として日々治療と研究に向き合い、食事療法の大切さを伝え続けてきました。「おいしい健康」のサイトでも、「糖尿病(2型)の食事のきほん」の監修や「筑波大学附属病院×おいしい健康 1週間あんしん献立」の基準作成などを手がけ、正しい知識や食事の仕方について教えていただいています。

そんな矢作先生が、なぜ医師を目指し、なぜ糖尿病の専門医になったのか。経緯だけでなく、今考えていることや取り組んでいることについてのお話をお聞きしました。

※1厚生労働省「患者調査」2017年 ※2厚生労働省「国民健康・栄養調査」2016年

患者さんひとりひとりの状況を知ることが大切です

実際に糖尿病の患者さんに接するなかで、気持ちを理解し、相手の立場で考えて伝えることがとても大切な局面があると言います。それが食事指導。

「こういうものを食べるようにしましょう、と伝えたとしても、そもそも、その料理を作れるスキルがある人なのかを考えなければなりません。他にも、生活リズムがどうなっているのか、どんな暮らしをしているのかも踏まえたうえでなければ、食生活の改善はできないと思っています」

たとえば、昼夜逆転した生活をしている人には、食事を指導する前にまず生活のリズムを整えることから伝えるようにしていると言います。

「でも、難しいですよね。太陽が出てる時間は起きていた方がいいよって言ったところですぐに改善できるわけじゃない。できないから病気になってしまっているんですから。たんぱく質をもっと摂りましょうと言っても、経済的に難しい立場の方もいたりします。暮らしそのものを見て、食事指導や治療方針を考えていかなければならないんです」

血糖値を下げることが、治療の目的ではありません

そもそも、糖尿病とは、慢性的に血糖値が異常に高い状態が続くことです。膵臓で作られるインスリンの分泌量が不足したり、働きが悪くなることで血液中のグルコース(ブドウ糖)量が増えてしまうのです。この状態が続くと、腎症や網膜症、神経障害や動脈硬化などの深刻な合併症が起こる場合があります。この合併症を起こさないために、治療をしなければならないというわけです。

「だったら、血糖値を下げればいいと思っている人も多いかもしれません。それも真理ではありますが、それだけでは改善できません。たとえば、インスリンを使って血糖値を下げただけでは、動脈硬化は改善できないというデータが出ています。そのほかの臓器障害も必ずしも改善できるとは限らないんです。血糖値はあくまでもマーカーであって、指標にしかすぎないと考えられます。じゃあなんなんだ、糖尿病ってなんだろう?ということには、まだ答えは出ていません。僕自身は、エイジングとつながっているのではないかと考えています」

じつは、そう考えるにいたった出来事があったと、先生は教えてくれました。研修医時代に、自身が担当していた患者さんの脳のMRIを放射線科に見せに行った時のことでした。しびれの症状が出ていたので、何か脳に原因があるのかもしれないと考えてのことだったと言います。

「特に放射線科の先生に糖尿病患者だとは伝えていなかったんです。ただ年齢は60くらいだ、とだけ伝えていたはず。そしたら『この人は糖尿病ですか』っておっしゃって。びっくりして、どうしてわかるのか聞いてみたら『通常だと70代後半くらいの人の脳の所見が出ている、15年くらいずれているから糖尿病患者さんだとわかった』と。糖尿病になると、老化が進むということをおっしゃっていたんです」

老化を加速させているのかもしれないと思い至った矢作先生は、それを食い止めるためにも、糖尿病への対策として、食生活や生活習慣の見直しがとても重要だと考えているのです。

「糖尿病患者さんに限らず、発症する前の予備群の方々も同じです。投薬よりも、生活習慣を見直す方が効果があると臨床実験でも証明されています。その臨床結果があったので、糖尿病は生活習慣病だと言われることになったんですよ。もちろん、投薬が必要な方もいますが、正しい食生活を送り、生活習慣を見直すことはとても効果的なことなんです」

次回は、矢作先生とおいしい健康の取り組みのひとつである「筑波大学付属病院×おいしい健康 1週間あんしん献立」についてお聞きします。

取材・文/おいしい健康編集部
写真/近藤沙菜