1. 母の糖尿病がきっかけで、糖尿病専門医の道へ

糖尿病専門医

2021.07.21 更新

日々の暮らしの習慣が積み重なって起こる生活習慣病。なかでも2型糖尿病は、患者数が328万人を超え(※1)、過去最多を記録しています。さらに、糖尿病を発症する可能性を持つ予備群は1000万人(※2)いると言われ、私たちにとってとても身近な病気です。

矢作直也医師は、糖尿病専門医として日々治療と研究に向き合い、食事療法の大切さを伝え続けてきました。「おいしい健康」のサイトでも、「糖尿病(2型)の食事のきほん」の監修や「筑波大学附属病院×おいしい健康 1週間あんしん献立」の基準作成などを手がけ、正しい知識や食事の仕方について教えていただいています。

そんな矢作先生が、なぜ医師を目指し、なぜ糖尿病の専門医になったのか。経緯だけでなく、今考えていることや取り組んでいることについてのお話をお聞きしました。

※1厚生労働省「患者調査」2017年 ※2厚生労働省「国民健康・栄養調査」2016年

糖尿病になる人を減らしたいと考えていました

そもそも、お父様が開業医で、自然と医師を目指すようになったという矢作先生。3人兄弟の末っ子で、お兄さんが医学部に行っていたのでプレッシャーはなかったそう。後を継がなければいけないということもなく、自分の意思で医学部を目指したと話します。

「何に憧れていたのか思い出してみると、科学とか生命科学研究のようなものに興味があったんだと思います。あとから考えれば、それなら理学部や薬学部でもよかったのかもしれませんが、医学部に入って内科医を目指していました」

医学部に入学してからは、さまざまな科の研修や実習を受けるもの。なかでもあえて内科医の道を選んだのには、お母様の存在があったと振り返ります。矢作先生が幼い頃、お母様は糖尿病を患っていたのだそう。

「父だけでなく、母方の祖父も医師だったので、母自身も健康には気を使える人だったはずなんです。医学的な知識は持っている人だし、健康管理にはとても気を配っていたんですよ。というのも、母の身内が昔、結核で亡くなっていたこともあって、幼い頃から身体に気をつけるという習慣があったみたいなんです。私自身も『おまえは身体が弱いから気をつけなさいよ』ってよく言われてました」

そんなお母様が糖尿病を患ったということは、矢作先生とっては大きなできごとだったのです。当時のお母様の年齢は40代後半でした。矢作先生を含めた3兄弟のご飯を作り、食べ盛りの息子たちがお腹をすかせないようにといつでもいろいろなおかずをたくさん作ってくれていたのだそう。

「もともと、物資が不足している時代を生きていた人でもあるので、ご飯が残っても捨てられないんです。僕たちのためにたくさん作るけれど、どうしても残る時があって、それを母が全部食べていたわけです。足りなくならないようにご飯を用意しなくちゃいけない、でも、余っても捨てられないという義務を果たしてくれていました。確かに糖尿病になってもおかしくない状況だったんです」

重度の症状が出ていたわけではないので、入院はせずに投薬で日々を過ごしていました。矢作先生が医学部に入学した頃からインスリン注射を打つようになり、その後はDPP-4阻害薬のおかげでインスリンをやめられるようになったそう。今ではインスリンを打たずに安定して過ごしていると言います。そんなお母様の姿を見ていたこともあり、内科医を目指すことになったのです。

「卒業間際に、内科か外科か考えるんですよね。その頃はバブルの真っ盛りのいい時代で外科医を目指す人たちは華やかな感じだった。なんだか楽しそうでいいなと思いつつも、考え直したんです。『楽しさを求めているわけじゃない』と。自分にできること、やりたいことはなんだろうと考えたら『糖尿病になる人を減らしたい』ということでした。そして出会ったのが、山田先生だったんです」

新しい視座で糖尿病を考えるように

山田先生とは、東京大学医学部の第三内科の講師や助教授を務めた山田信博先生。その先生との出会いが、矢作先生を糖尿病の研究へと導きました。当時の糖尿病の研究は糖代謝に関することが主な対象でした。しかし、山田先生は、糖代謝を視野に入れつつも、脂質代謝についても注目していたのだそう。

「糖尿病の問題は、糖代謝だけではないと考えてのことです。コレステロールや中性脂肪などの脂質代謝も重要。糖代謝と脂質代謝の両方がどうつながっているのか、総合的に解明することが大切だとおっしゃっていたんです。実際、今は世界的にほとんどの研究がその方向性になっていますが、当時は画期的なことでした。血糖値を下げただけでは糖尿病は良くならないという考え方は新しい視点を与えてくれたんです」

もともと、生命科学に興味があった矢作先生にとって、身近な糖尿病が身体の様々な臓器と連動しているという考えはとても興味深かったことでしょう。山田先生の元へ弟子入りすることになり、糖尿病専門医として歩むことになったのです。

次回は、先生が患者さんと接するうえで大切にしていることについてお聞きします。

取材・文/おいしい健康編集部
写真/近藤沙菜