2. 痛みは我慢しなくていい

手術後の脱水

2021.07.13 更新

人間の体のほとんどを占めているのが「水分」。それだけに、体内に十分な水分量が保たれていないと、ちょっとした不調だけでなく、重篤な病を引き起こす可能性があります。

「逆に、脱水対策をしっかりしておけば、いろいろな病気の予防や治癒に繋がるんです」と話すのは、済生会横浜市東部病院周術期支援センター長兼栄養部部長の谷口英喜先生。麻酔科医として術前、術後の「痛み」や「水分」の管理をしていくなかで気づいたのが「患者さんが術前から脱水状態であること」でした。早い段階で水分や糖分を摂取することの重要性を伝え続け、それは日々の生活でも同じことだと話します。

脱水症は、日々の生活でも知らず知らずのうちに起こっているもの。とくに近年の夏は酷暑のうえ、マスク生活もあり、よりいっそう予防や対処法を知っておくことが必要になります。数多くの患者サポートに携わってきた谷口先生に、脱水症対策のノウハウや臨床現場でのやりがいについて伺いました。2回目は、谷口先生が実際の診察で大切にしていることについてのお話です。

早く「普段通り」になれるよう、サポートします

麻酔科医として患者さんに接するうちに、さまざまなことがわかってきたと谷口先生は話します。

「術後回復の近道は、できるだけ早い段階で水分や食事を摂って動くことです。それを実現させるために欠かせないのが、患者さんの痛みと吐き気を取り除くことなんです」

以前までの麻酔薬は、痛みをとることのみを目的としたため、術後に吐き気や便秘などの副作用がありました。そうなると、麻酔から目が覚めた直後にすぐに飲んだり、食べたりすることがなかなかできなかったのです。

そこで、谷口先生はそれまでとは違った薬を使用し、痛みを取り除くのはもちろん、術後の吐き気、倦怠感といった症状が起きない形で麻酔を行っています。

「今の麻酔のやり方は、麻酔薬が進歩したので深く麻酔をかけて手術が終わってから麻酔を切る、術後に不快感が残らずキレがいい麻酔薬を使うのが主流です。加えて、手術中に患者さんがどれくらい深く寝ているかのモニタリングを綿密にしながら、麻酔薬の効き具合を見ていきます。以前は、憶測や経験で行なっていた面があったので、術中に目が覚めかけたということもありました。今はきちんとコントロールできているので、そういった心配はありません」

また、手術後に痛みや吐き気が出やすい体質かどうか、事前に確認しておくことも大事だと言います。

「乗り物酔いしやすい方は、麻酔後にも気持ち悪くなりやすいんです。なので、術中に吐き気止めを使用するなど、術後にできるだけ早く〝普段通り〟を患者さんが取り戻せるよう、サポートしていきます。術後に痛みも不快感もなければ、ベッドから出たくなりますよね。トイレだって自分で行けるし、自然と動きたくなる。食事も普段通りに摂れるようになれば、体はどんどん元気になっていきます」

「先生の言った通りになった」という言葉をもらえると、うれしいですね

「でもね、患者さんが〝まな板の鯉〟ではうまくいかないんです」とも谷口先生は続けます。

ドクターまかせで、患者さん自身が早く良くなろうという意思がなければ、データや高い技術を集結した医療サポートは、宝の持ち腐れになってしまうのです。そこで、谷口先生は患者さんと一緒にゴールへ向かうために、しっかりと経緯を説明し、安心感とモチベーションを抱いてもらえるように心がけているのだそう。

「まず〝痛い〟と〝気持ち悪い〟は必ず言ってくださいね、と伝えます。我慢する必要はないんです。痛みを堪えて、体や心に負担をかけてしまうほうがマイナスになりますから」

患者さんが気軽にどんなことでも話すことができるようにコミュニケーションをとり、信頼関係を築いている谷口先生。何よりも「手術って痛くないんですね。怖くなかったです」といわれることが励みになるそう。

「うれしいのは『先生の言った通りでした』という言葉をもらえた時です。以前、腹腔鏡の手術を控えた患者さんに、『手術後は、肩が痛くなるよ』と伝えていました。というのも、オペ中に腹腔鏡のガスが横隔膜を刺激するので、一時的に肩が痛くなることが多いため、それを予測していたからです。術後にその方が『先生、その通りになりました』と、不安な顔を見せずに笑顔で話してくれたのがとても印象的で、うれしい出来事でした」

手術には不安も心配もつきものです。たとえ、痛みを伴うことでも、あらかじめ伝えられるだけでも、患者さんの気持ちは違います。心構えができるよう、谷口先生がいつも患者さんの立場で考えてくれていることが伝わってきます。

大事なのは食事だと、日々実感しています

谷口先生が朝の回診の際、手術を終えた患者さんに必ず聞くことがあります。

それは「朝ごはん、どうでしたか?」ということ。

「〝おいしかった〟〝全部食べちゃった〟という方は、回復がとにかく早いんです。術後においしく食べられているということは、お腹の動きがよくなっていて、味覚も戻ってきている。治癒過程に向かっている証拠です。そして、必ず笑顔がついてくるんですよね。日々感じるのは、人間にとって大切なのは食事だということ。おいしく食べられることが、精神的な満足度に大きく影響していると実感しています」

谷口先生が部長を務める患者支援センターのキャッチフレーズは「DREAM」。手術後、早い段階で飲むことができる=Drinking、食べることができる=Eating、動くことができる=Mobilizingから生まれた言葉です。

「最近は患者さんの笑顔が増えたのでSmileのSをつけてDREAMSにしています」。

谷口先生が率いる患者支援センターチームの取り組みは、確実に実を結んでいるのです。

次回は、脱水症について改めてお話を聞き、対策について教えていただきます。

小学館の運営するサライ.jp内に、おいしい健康との特集ページ『いのちを守る食と暮らし』があります。コロナ禍を経験した私たちが、人生100年時代をどう健康に楽しく生きていくのかを考えていきます。
こちらにも、谷口先生をはじめとする医師のインタビュー記事が掲載されていますので、ぜひご覧ください。

https://serai.jp/save-life
取材・文/梅崎なつこ